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【京都府】のごはん日記

宇治田原町「古老柿(ころがき)」の柿屋

2020/12/11 00:00 くらし


 宇治田原町の初冬の風物詩「柿屋」をご紹介します。

 宇治田原町は日本緑茶発祥の地として、煎茶、玉露、碾茶、ともに国内有数の産地として知られますが、この地域の茶生産農家は、茶から手の離れる11月から「古老柿」という干し柿を作り始めます。

 この古老柿の製法は、他の干し柿とは大きく異なり、田んぼに丸木の骨組みを立て、ワラで屋根を葺いた仮設の手づくりの小屋を建て、乾燥させるのが特徴です。柿屋に並べ、ある程度乾燥したものを、むしろの上に広げ、柿を踊らせ(転がせ)ながら乾燥を進めます。転がす作業は柿を柔らかくするのに大切な作業です。

 また、柿屋に干したら終わり、ではなく、天気を考慮しながら柿を移動させつつ、シートやむしろでくるむなど、毎日丁寧に作業を重ねます。

 古老柿は縁起物として好まれ、現在でも昔ながらの方法で製造が行われています。


★歴史

 宇治田原町での柿の栽培は遅くとも1595年くらいまで遡ります。この頃から、古老柿を栽培していたかは不明ですが、江戸時代には、本製造方法が確立していたと考えられています。 この全国的にも珍しい干し柿の製法の開発について、宇治田原町の禅定寺というお寺に伝説が残されています。

(以下、観音利生記より)

 昔々、宇治田原の里にお米や作物があまりできない年があり、みんな困っていたところ、どこからか一人の娘がやって来ました。しばらく村において欲しいと云うので、村人達はやさしく迎え入れました。

 娘は、ある日、村に沢山ある渋柿をとって、藁をひいた上にやさしく置いて冷たい風にあてていました。しばらくすると、今まで渋くて食べられなかった柿が、甘くて美味しいお菓子のようになっていました。

 娘は、この柿の作り方を村人に教えると、村人達の暖かな心に感謝して村を去って行きました。村人達は、不思議に思って後を追いました。すると、禅定寺の丑寅、お寺の山の中にある大きな岩(美女石)の辺りで姿を消してしまいました。村人達は、はたと、あの娘は、禅定寺の観音様の化身だと分かったのです。


★産地

 宇治田原独特の干し柿「古老柿」を干すための小屋である「柿屋」は、稲刈りが終わった田に、11月上旬から組み立てられ、12月下旬までしか見ることができません。お茶観光とともにぜひ柿屋もご覧ください。


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